今月号のメルマガからの記事続きです。
月前半には「美術発見」、後半には「本日休診」をお届けしています。
「美術発見」の執筆者である玉川稲葉さんは、徳島県立近代美術館の
学芸員をされています。
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美術発見 2012年5月
ひらりと舞い落ちる桜の花びらを送ってから、はや新緑が目にまぶしい季節と
なりました。初夏の日差しは日増しに強まり、隣の席の若い同僚がさらりと身
につけた木綿のシャツの清々しいこと!
しかし、先月の最後に書いた「新しい年度に大きな災いのありませんように」
という願いは、この一ヶ月で天に届いたとは思い難く、悪いニュースが続きま
した。天災も人災もこぞって、日常を当たり前に営む幾人もの人たちの未来を
断ってしまいました。休暇中のあまたの交通事故、休暇明けには自然災害の脅
威である竜巻、そしてまた交通事故と続き、安心して道を歩いてもいられない
ことを実感する日々でもありました。
一方で、自然は災害をもたらすだけでなく、古来からの自然と人との関わりや、
そのうつろいによるささやかな楽しみも思い起こさせました。連休終盤に迎え
たスーパームーンの月夜はやはり美しく、この惑星に生まれたことの幸せを感
じました。そして、いつになく大きく明るい月を見て、古の人々は、なにを想
像しただろうか、と思いを馳せました。もちろん、この後に待ち受ける「金環
食」にも多くの人の目が注がれています。自然はいつも二つの面を持ち合わせ
ていて、人に親しく寄り添うかと思えば、目の前に大きく立ちはだかります。
心して付きあわねばならないものの一つだといえるでしょう。
さて、再び・・・ひらりと舞い落ちる桜の花びら・・・。4月下旬に大阪に日
帰りしました。映像により表現している作家たちのグループ展があり、森口ゆ
たかさんの新作も発表されていました。
その小さくて暗い部屋に入ると、目の前には思いも寄らぬ大きな壁面が拡がり、
さくらの花びらがひらひらと舞い散っていました。映像の両側の壁面に大きな
鏡がしつらえられていて、映像は両方の鏡を往き来して、永遠に繋がっていま
した。暗闇の中に差し込む光を受けて、ひらり、はらりと舞い落ちる桜の花び
らが、右にも左にも永遠に繰り返されていました。散る花を見送る心をよぎる
感情を、この豊かな暗闇は解き放ってくれるようでもあり、その感情を抱えた
ままに突き放されたようでもありました。
うつろいの中に身を置くことは、なんともしんどいものなのだと実感させられ
ました。作品のタイトルは<春を送る>でした。唐の詩人・白居易の詩文から
採ったのかと思ったのですが、森口さんによると、詩人のまど・みちおさんの
詩に触発されて付けたのだそうです。いつの時代も、どこにいても、散る花を
惜しむ気持ちには通じるものがあるのでしょう。その感情を共有できるから、
詩歌、映像、さまざまな表現スタイルを生み出す人にも受け取る人にも、人間
らしい味わいを添えているのだと思いました。
さて、そのグループ展で目を惹いた作品がもう一つありました。滋賀県大津市
在住の三嶽伊紗さんの美しい映像作品です。定点観測をしたように、同じ場所
から撮影した眺めが重なり合って、静かな時間の堆積や空気の厚みを画面にも
たらす作品でした。聞けば、雪の日にカメラを携えて、「いつもの場所」に向
かい、ひっそりと時間をとどめてきた後は、自宅でじっくりと編集作業をする
そうです。ふと、前述した詩人のまど・みちおさんの『ぼくが ここに』とい
う詩を思い出しました。
「ぼくが ここに いるとき/ほかの どんなものも/ぼくに かさなって/
ここに いることは できない」と始まります。地球上の今、自分が存在して
いることは、地球の上のかけがえのない場所を占有しているということについ
ての素晴らしさを謳ったものです。そして、「ああ このちきゅうの うえで
は/こんなに だいじに/まもられているのだ/どんなものが どんなところ
に/いるときにも」、「その『いること』こそが/なににも まして/すばら
しいこと として」と結ばれます。
三嶽さんの映像作品には、映像の此方側、作品の前に立つ私たちの側にいる人
の確かな存在と感情がありました。あのとき、あの場所には、確かにこの地球
の上でかけがえのない三嶽さんの目が、手が、心が存在していたことを刻んだ
作品でした。そのかけがえのないときが「重層」し、「重奏」することができ
るのは、まさに創作世界だけだったのです。はらはらと静かに降り注ぐ雪片が、
遠い彼方から私たちの許に忘れずに届けられる便りが、遠い遠い過去からずっ
と変わらずにあったことを感じさせる、静かな静かな物語が紡がれていました。
会場でうっとりと長い時間を過ごした展覧会を反芻し、深くその余韻に浸って
いましたが、ふと現実に立ち返ると、初夏の日暮れどきです。この季節は、樹
々の下を歩くと初夏の匂いに、つい立ち止まってしまいます。そして、遠い昔、
樹下に佇んだ人々の存在を思い出さないではいられなくなります。
(玉川稲葉)